| 昭和 3年 |
創立者、森 清が森欄罫製作所を創立 |
| 昭和20年 |
戦火のため工場消失 |
| 昭和21年 |
大阪市此花区において此花金属工業所と商号を改め、 戦災工場を復活。営業再開 |
| 昭和25年 |
組織を株式会社に改め、商号も此花欄罫工業株式会社とし、本社を現在地におく |
| 昭和36年 |
本社及び工場を現在地に新築 |
| 昭和40年 |
当社開発の印刷製本用機械製作の拡張のため、傍系会社として此花機工株式会社を設立 |
| 昭和41年 |
社名を株式会社 此花 と変更する
東京及び関東、東北地域の営業拠点として東京店を設置 |
| 昭和44年 |
社員寮と工場を奈良県生駒郡平郡町に新築 |
| 昭和46年 |
三井金属(株)と技術提携しジンカート加工設備を新設稼動する |
| 昭和47年 |
傍系会社此花機工(株)を合併し、資本金4,800万円とする |
| 昭和48年 |
製版部門を開始する |
| 昭和49年 |
生野工場の生産増加
製版部門の設備拡充をする
東京支店の移転拡張をする |
| 昭和50年 |
生野工場新機種の開発
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| 昭和58年 |
製版部門の拡大を図るため(株)彩美として製版会社を独立する
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| 昭和59年 |
代表取締役 森 清 死去
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| 昭和59年 |
8月に九州地域の業務発展に即応するため、福岡店を新設
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| 昭和61年 |
森 勝 が代表取締役社長に就任 |
| 昭和62年 |
(株)彩美を此花製版事業部に社名変更すると共に 田中 正が社長に就任
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| 平成 9年 |
フランス ピエール カレット社と業務提携する
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| 平成10年 |
12月に東京店移転
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| 平成12年 |
1月に大阪本社及び東京店、個展開催。以降毎年開催。
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| 平成14年 |
金光有限公司と協力関係締結。 |
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平成16年
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ドイツERB社のドリルビットの販売提携。 |